第66回 正倉院展3 赤漆履箱(せきしつのくつばこ)

正倉院展の展示では、宝物と一緒にそれを収納していた箱なども展示される場合が多々あります。主催者としては、その収納のための箱も、宝物と同様に、あるいは宝物と一体として価値のあるものとして展示してくれているのだと思います。家具や実用の木工品を制作している立場からは、その宝物よりも収納の箱に関心が行ってしまうことがあります。というか大抵はそうした逆転した見方をしているかな。

左ページ、赤漆履箱

左ページ、赤漆履箱

今回の、赤漆履箱も、そのひとつでした。これは、同時に展示されていた衲御礼履のうのごらいり画像解説)を収めるためのものだそうです。以下、図録からその概要を紹介すると、

  • 大きさ 縦498 横445 高さ233(ミリ)
  • スギ製
  • 側面は6枚組み接ぎ
  • 底板に欠き込みを入れ、その上に側板を載せる
  • 内外とも赤漆による装飾
  • 稜角には陰切)かげきり)を施す

見事なスギの赤身の糸柾で作られています。そこに赤漆(蘇芳などで赤く染めてから透漆か生漆を塗る)が施されているのですが、もともと被せ蓋に覆われていたこともあってか、非常に渋くも美しい色合いをしていました。底も含めた組み接ぎ部分に施された陰切が、よいアクセントになっています。かなり大きなものですが、使われている板の薄さ(15ミリ程か)もあって非常に引き締まった印象です。

面白いのは、底板の表面に収納する靴の踵に合わせた刳り込みがあることです。図録によると深さ12ミリほどのごく控えめなものです。踵部分のみで、あとはなだらかな勾配をもたせていることから、そこに落とし込むというよりは、収納の際の位置決めのためくらいの感じで刳られています。その控えめなさりげなさが、なんともオシャレで素敵です。

当たり前の事かもしれませんが、良く考えられて真面目につくられているなあと感心させられます。各板は、組み接ぎや切り欠きへの落し込みに加えて四角の鉄釘で留められているそうです。その上に施された蔭切というのは、漆錆をつけその上に黒漆を塗るという技法です。いうまでもなく組み手から露出した木口を埋めて、材の乾燥・収縮、割れを防ぐためでしょう。抜かりがないし、それが赤漆を施された板に対するデザイン上のアクセントになっています。今、せっかく色漆を扱いはじめたのだから、これは是非(パクリ見習いたいと思います。

こういう収納のための、いわば実用のための箱が面白く、むしろそちらに興味をひかれることもある。それは、こうしたものの方が、天平の工人の創意とか工夫、個性とか更に言うと遊び心がより発揮しやすかったからではないかと思います。宝物そのもの、聖武天皇の御物とか東大寺の儀式用の道具などは、当然格式とかある種の決まった仕様とか形式が求められたでしょう。もちろん求められる技能は、限界を超えるような高いものでしょう。それに対して収納用の箱なら、当然最低限の基準とか仕様は求められるにしろ、細かい形状や装飾まで決められてはいないのではないか。これまで色々な収納箱を見てきての感想です。そうすると天皇や東大寺に献納する宝物そのものよりも、工人の感覚なり創意なりが生かされる余地が多かったのではないかと想像します。それが、この箱の蔭切や底板の刳り込に現れているのではないでしょうか。