鉋は、油台にしないほうが良い 4

油台は良くないという説は、根強くあるようです。良い悪い以前に、なぜそんな余計なことをわざわざするのかという感じです。その根拠の一つに、台の油で材が汚れるという事があげられています。木地で仕上げる場合は、汚くなる。漆の場合はとくにダメ云々。

私は、これまで油代を使ってこなかったし、今回買った油台の鉋も、試しに使っただけで、結局最後は別の鉋で仕上げたので、検証も出来ません。ただ、油台が油台として機能するのは、ごく微量でも台から油が染みだして潤滑作用をするとされるからで、その台が材と接触して、影響が皆無とは言えないでしょう。それが仕上げや後の塗装工程に具体的な影響を与えるほどではないとするか、いや、影響は無視できないとするかの認識の違いだと思います。

直接、油台の事に関しては、私は知りません。ただ、傍証として鉋台と材の関係については、いつくか例を上げることが出来ます。

拭漆における台摺り

拭漆をはじめた頃は、随分失敗をしました。鉋まくらや鉋ざかい、逆目の荒れなどが原因する傷については分かりやすい。自分の技量の不足を嘆くしかない。ウレタンやオイル塗装と違って拭漆では、こうした鉋で生じた微細な傷も、サンディングによる木地調整で誤魔化せない。後々まで悩まされたのは、台摺りによる傷です。鉋ざかいのようにはっきりと分かる筋が出るわけではない。帯状に漆が白く抜けるようなムラが、木の繊維に沿って現れる。これが出ると、関西流(黒田流?)に、木地が出るまで研ぐことをしないと消えない。この原因が、材の平面化の不完全、あるいは鉋台の不安定によって、台と木地が部分的に強く擦れ合う台摺りよるものと分かったのは随分あとになってからです。

ちなみに、最近やった失敗があります。トチに、最初の捨て塗りをヘラで行いました。他の材でもよくやりますが、環孔材などでは導管への刷り込み具合も良く快適に作業できます。ところが、トチでは鉋ざかいのように、ヘラの端の部分が線としてクッキリ残りました。展示会でご一緒することの多い作家で、村山明さんの弟子でもある中野潤さんに聞くと、トチではありがちなことなんだそうです。

ローズウッドを埋木に使った失敗

際をローズウッドで埋木した胴付鉋。ローズの黒が材に移った。

際をローズウッドで埋木した胴付鉋。ローズの黒が材に移った。

これは、ここでの例として適切とは言えないかもしれません。画像は、胴付鉋と呼ばれる道具です。用途から言って、台の際の部分が痛みます。それで、手持ちのローズウッドの端材を貼ったのです。これを使うとローズの黒い樹脂というか材の粉のようなものが相手に移ります。ローズがカシよりも固いと考えていた事がそもそも浅はかだと笑ってもらえば良いのですが、鉋の台と削られる材は、思っている以上に擦れて互いに影響し合っているとはあらためて思いました。

台で擦って板を光らせるという大工の昔話

これは、以前私の工房に良く遊びに来てくれた老大工が話してくれたことです。

戦後直ぐ、親方に弟子入りして最初の現場は、名古屋の遊郭だった。廊下の松板削りを連日やらされた。それを他の親方の丁稚連中と一緒に並んで競うようにやらされる。疲れて、嫌になってくると鉋の刃を抜いて台で擦って光らせて誤魔化そうとした。親方に直ぐにバレて、こっぴどく叱られた。

余談 『三井の大黒』の左甚五郎

昔は、板削りというのは大工仕事の中で、一番の下働きだったようです。落語の『三井の大黒』で、左甚五郎が名前を明かさないまま江戸の大工の棟梁に居候になります。手伝いを請われて板削りをやらされます。それにへそを曲げた甚五郎は、松板を2枚、片面ずつ削って、それをピッタリ合わせて、剥がれない状態にして帰ってしまいます。何気ないエピソードとして語られていますが、甚五郎の大工としての腕、鉋削りの本質を見事に表現しています。厚さ何ミクロンとか透けるような屑を出したとか、下らない事を言わせないところがよい。圓生の『名人長二』を聞いても思いますが、落語の作者というのは、粋とか時代の先端の技術に関する生きた知識も持ち合わせた立派な知識人だったのだと思います。


さて、ある意味当然なのですが、鉋台と削られる材とは強く接触することによって互いに影響し合っています。これらは、すべて普通の台での話です。油を浸潤させた台であれば、また別の要素が加わると考えるのが自然だと思います。例えば、建具や建築内装の造作の木地仕上げであれば、手の脂の場合のように、その時は分からなくても時間が経つと汚れとして出てくる。または、拭漆の場合には、台摺りによる塗りムラがより顕著に深くなるとか、まったく関係はないとは言い切れないでしょう。別に台の油で漆が乾かないとか極論を言っているわけではありません。漆の光沢を増すために、少量の油を混ぜるのは昔からの技法のようですから、それ(油台で削っても漆は乾く)を反証のネタにされても意味はないでしょう。

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