インターネットで、鉋 油台
といったキーワードで検索をかけると、否定的な事が書かれているサイトは、ほとんどありません。もっとも、確たる合理的な理由で肯定、と言うか強く推奨しているサイトもないように感じました。ただ、油台の作り方を紹介し事例を載せるばかりで、なんだか鉋の台は当たり前にそうするものだ、といった雰囲気が作られているようで怖いです。私の私淑する工房悠の杉山裕次郎さんと、いまや東海地方の工房家具の巨顔頭とも言える工房齋の齋田一幸さんも、ブログでそれぞれ油台に触れていて(「鉋の仕立て」、「油台」)、検索のトップページに出てきます。やはり肯定する意見ですが、お二人の実績やネットに限らない影響力を考えると、たいへんな事です。その中で、ある道具屋さん・「大工道具の曼陀羅屋」が、覚えていて頂きたいのが、油により、口埋めなどの時に接着剤が効かなくなります
とそのリスク
を書かれています。また、私の経験上、油台にしても台は動きますし、直射日光に当てすぎると割れます。
ともあり、その見識に感服いたしました(「油代について」)。私は、埋木の件は気が付きませんでした。たしかにそうかもしれない。
鉋の台で、刃口はたいへん重要な部分です。私は、鉋かけでも逆目掘れを防ぐには、第一には刃物がよく切れていること、第二に刃口が充分に狭いこと、そしてその次くらいに裏刃を効かすことだと思っています。一般には、この裏刃(金)の効能ばかりが喧伝されていますが、実際にはこれは、刃口の広がったままの台で、なんらかの事情で刃物を研げない時の最後の手段のようなものです。
刃口というのは、逆目ばかりでなく、順目の時も鉋の刃の材への食い込みを押さえて安定させ薄い屑を出す、したがってきれいな削り肌を作るために重要な部分です。この刃口部分は、使用するうちに荒れてきます。それに2枚刃の鉋では、台直しを繰り返すと広がってしまいます。それを修正するために埋木をします。この刃口埋めには、刃口部分に硬材を薄く埋める方法と、甲穴全体を覆うように大きな木を貼り付ける方法があります。ここでは詳しくは触れませんが、私は寸四以上の大きさの平鉋では前者を、それより狭い小鉋と反台や南京などの特殊鉋では後者の方法で行います。いずれも、埋め直して再修正することを前提に、スポット溶接のように、2〜3カ所に木工ボンド付けて接着します。油台にしてしまうとこうした接着方法が難しくなるでしょう。はやりのえげつないボンドを使うと、接着は可能なのかもしれませんが、今度はやり直しが大変になります。
少し話を戻しますが、油台の台の滑りを良くするという用途に意味があるとすると、反台とか四方反(羽虫)などの特殊鉋の場合かなと思います。平鉋の場合は、下端を2点とか3点を接地させて薄くすきますが、こうした鉋の場合台下端全体を定規にして削ります。その分台下端の抵抗も大きくなり、油台の効果があるのかもしれません。ただ、こうした鉋は用途から言って刃口の痛みの激しいものです。無自覚に使っていると修正不能なくらい台が荒れてしまう場合もあります。ですから、私はもう最初に刃口埋めをしてから使うようにしています。繰り返しになりますが、油台にしてしまうと、こうした刃口埋めによる修正がむずかしくなるという問題が出てきます。
油台の問題点は、たしか東京の土田さんが、あるアマチュア木工家
御用達の雑誌で指摘していましたし、木工具に関する書籍でも永雄五十太さんが、取り上げていたと記憶しています(今は、その手の雑誌や書籍はすべて処分してしまいましたので、図書館などで探しています。具体的な典拠が分かれば、あらためて載せます。)。ただ、ネットで検索して出てくるものは、油台を推奨またはそのやり方を紹介するものばかりです。まあ、一方で現場での口伝や道具屋の見識としてちゃんとした鉋の仕込みなども伝わっているようですから、ネットの事など放っておけば良いようにも思います。しかし、かつての私が工業デザイナーの本を導き手としていたように、ネットの情報を頼りに木工に取り組んでいる人もいらっしゃるでしょう。私もこうしてインターネット上に、木工に関する記事をあげている以上、油台を肯定して、なんとなく台は油台にしておくものだという風潮に異議を唱えておいても良かろうと思いました。きっかけは、思わず30年ぶりくらいに油台の鉋を手にして、実際に使ってみたからですが、そこで感じた事をなるだけ具体的に指摘しておきました。油台を試してみたいという人は、この私の記事も含めて、他人の意見を鵜呑みにせずに、一度自分で試してみることです。それでどういう結論を出すかは分かりませんし、勝手にすればよいと思いますが、始めから全部または複数の大事な鉋を油漬けにしてしまうと、きっと後悔することもあるでしょう。
この記事を書くきっかけとなったイスカ仕込みの寸八平鉋は、そこで書いたように、台の仕込みも含めてたいへん真面目に丁寧に作られたものです。それを、こんな不細工に油漬けにしやがってという憤りのようなものが、5回にも分けてグダグダ書いてきた動機付けになっているかな。この鉋は、なんとか実用に耐える程度に油を抜く方法がないかと考えています。それと、この台の包口を残しながら台直しをするために、刃口の角度に合わせて簡単なジグを作ったりしています。実際にはもう崩れかけているし、包口は意味がないとか書いてしまいましたが、こうした台屋の粋のようなものは、やはり尊重したい。自分のお金で買った道具であっても、それを作ったり仕込んだりした職人の仕事を思いやる想像力があれば、それを簡単に油漬けにしてしまう前に、少しだけ慎重に自分の頭で考えても良いのではないかと、かつての自分への反省も含めて思います。