第69回 正倉院展に行ってきました  1

公開講座・『正倉院の鏡』

第69回正倉院展に行ってきました。最近は、会期中に3回ほど行われる公開講座を受講してから閲覧するようにしています。この公開講座は、おもに奈良国立博物館の学芸部研究員が担当して、それぞれの専門分野の最新の成果を紹介してくれています。毎回よく出来たレジュメとプレゼンテーション、時間配分もほぼ完璧になされています。入念な準備に加え、おそらくリハーサルもされているものと思います。こうした講座の場合、現役の若い学芸員などの担当するものは、有意義で面白いものが多い。それに対して、館長とか、所長とか、名誉なにがしといった年寄りのものは、概して冗長で内容がなく下らないものになりがちです。もう第一線の研究に対する関心も緊張感もなく、惰性と昔の研究の記憶やプライドだけしかないのと、その割にはまわりから持ち上げられてしまうからでしょう。


昨年、名古屋市美術館の藤田嗣治展に合わせて開かれた講演会はひどいものでした。私が行ったのは、副館長の深谷某という人間の番でした。ダラダラと藤田の縁戚関係とかエピソードが語られます。それもたいていは藤田の甥の蘆原 英了や、『評伝』を書いた読売新聞の田中穣の本にある内容です。それで、この調子で続けると予定した内容の半分も終わらない云々という言い訳兼ウケ狙いの戯言を5回以上も繰り返していたでしょうか。結局なにが言いたいのか話の主旨もわからないまま終わりました。まったくの時間の無駄でした。結局この御仁はまともな準備もしないまま話をした無責任野郎か、根っからのウツケのどちらかでしょう。


正倉院展の公開講座に戻ります。11月4日は、中川あやさんという研究員の『正倉院の鏡』と題する講座でした。後で調べると京大の文学部と修士課程を修了した39歳の気鋭の才媛でした。良く出来た懇切丁寧なレジュメ・プレゼンと論旨明瞭、滑舌良好なお話しぶりで惹きつけられます。正倉院のそれぞれ北倉と南倉に収められた鏡を唐で製作されたものか、日本で製作されたものか、前者であればその年代と持ち帰られた遣唐使の推定などを史料をもとに推測・分類されます。北倉に収められたものは、ほとんどが唐製の最新のものであるとして、その理由をあげられます。まだ活字には出来ないがとして、桓武天皇や光明皇后が新しいもの好き、舶来品好きだったのでは、とユーモアを混じえて話されていました。これまで漠然と見てきた正倉院の鏡ですが、そうした由来なども頭に見るとまた新鮮な驚きと感慨があります。

それと、当時の日本製の鏡は、唐のそれと似せようとして頑張ったが残念!違うというものだったと具体的なデザインなどの例をあげて説明されていました。この時代に限らない中国の文化への模倣の長い歴史を考えると、ごく最近の中国のコピー商品をあげつらって民度やら国民性まで云々するのは恥ずかしいことだとあらためて思います。