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肥松のランプシェード

肥松こえまつというのは、黒松の中でも特にヤニ分の多いものを指します。粘り強く強靭で、耐水性・防虫性にもすぐれ、梁などの構造材や廊下板などに使われてきました。ヤニ分のせいか、薄く削った肥松に光を透すと赤く輝き、美しくも艶かしい雰囲気を醸し出してくれます。

肥松のランプ・シェイドに灯を入れた状態

写真は、ハウス・メーカーにお勤めの沢辺泰代さんが、その肥松を使い、お作りになったランプ・シェードです。あるテーブル・コーディネイトのコンペに出展するためのアイテムとして、発案されたものです。私は、肥松の端材を提供し、鉋をお貸ししましたが、それ以外はすべてご自分で作られました。後述するように、肥松というのは非常に扱いにくい材料です。それを鉋で、一定の厚みで薄く削り、円錐状に巻き付けてあります。中にはワンカップの瓶に蝋燭があり、それに灯をともし周りを暗くすると、写真のように松の柾目の模様を浮かせながら赤く鮮やかに灯ります。素朴な中に、しっとりとした繊細な味わいがあり、たいへん良いものです。

鉋かけだけは、私のところでされました。初めてとのことでしたが、少し勘所をお教えすると、一定の幅・厚みで上手に鉋屑を出されるのに感心させられました。材に対して、一定の力と速度で、バランスを保ちながら、鉋をかけ通すと言うのは、それなりの慣れと訓練を要するものだと思ってました。実際に、素人の方は、しゃくる様に鉋をかけたり、力が一定しないため途中で屑を切ったり、左右不均等になったりし勝ちです。不自然な力のかけ方をするためか、労のわりにお疲れになるようです。

鑿を叩く沢辺泰代さん

沢辺さんの場合、何よりも姿勢が良い。何も申し上げないのに、自然に足を軽く前後に開き、膝に余裕を持たせて、一定の角度に背筋を伸ばして、いわゆる腰の入った姿勢が出来ます。先日、再びお越しになって、今度は、鋸と鑿でホゾ取りをされましたが、同様に良い姿勢でこなされました。あるいは、スポーツに親しまれたから、自然と体のこなしが出来るのかもしれませんが、本当に感心させられます。左の写真の通り、沢辺さんご自身が端正で美しい方なので、綺麗な競技の動作のようにすら見えます。

そう言えば、守口の技専校の後輩で、飛切り研ぎが上手な方も女性でした。彼女が在学中に研いだ鑿や鉋を見せたもらった事がありましたが、本当に見事なものでした。凛としたたたずまいの中に、見る者の背筋を刺す凄みのようなものを感じました。同業者や大工の中にも、研ぎの上手な人はいますが、ああした感覚にさせられる事はあまりありません。彼女は結婚して、今は子育の最中のようです。しかし、条件が出来て再び集中して木工に取り組まれたら、私など目ではないと、正直思います。社会的なハンディを除き、こうした仕事・作業にも男女の性差など何もないと、改めて感じます。

さて、古い住宅の床板(とこいた)として使われたいた肥松の板を、テーブルに改造する仕事をした事がありました。裏を見ると、両方から大鋸で割った様な跡がありましたから、少なくとも機械製材が普及する以前のものです。それでも、一鉋かけるとたちまちヤニが吹いてきました。それに、油断して刃口が甘く、切れ止んだ鉋を使うと、すぐに逆目が掘れてしまいます。仕方がないので、刃口を埋め直し、裏透きも極力浅く台を仕込み直して、一鉋ごとにアルコールで刃を拭いて、随分苦労して仕上げました。当然、こうした材料はサンダーなどをかけると、全体にくすんで、なおかつ冬目がたって凹凸が出来てダメになります。

古いお寺や住宅を訪ねると、何十畳もあるような板の間や廊下に、松の板が敷き詰められています。もちろん機械のない時代には、大鋸で弾いたものを、荒仕上げから手鉋で行ったものです。当時の大工なら当たり前の仕事でしょうが、もし今、自分がこれをするならと考えると、ため息が出ます。時々、工房に遊びに来てくれる老大工さんに昔話を聞いた事があります。修行に入って最初の仕事は、名古屋の大須の遊郭の廊下の松板削りだったそうです。余所の親方の若い衆と競わされながら、半年そればかり続けさせられたとの事でした。そうした昔の職人と、たかが三尺・六尺程度の床板で青息吐息の私とは、その技量において雲泥の差があると実感します。

今は、怪しげな人でも、すぐに「匠」やら「達人」、「作家」にしてくれるようです。言った者勝ちのような気すらします。しかし、自分のやっている事や技量など、所詮この程度という現実を見つめる勇気はいつも持っていたいと思います。

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2003年7月24日、工房日誌に掲載

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