(株)北辰電機製作所というのは、1912年創業の工業用計測器製造の名門企業だそうです。戦後は業務用の16ミリトーキーなどの高級映像機器も製造し、その世界でも広く知られた会社だったようです。1983年に同業の(株)横河電気製作所と合併。横河北辰電機株式会社となり、さらに86年に社名を横河電機株式会社と変更するに及んで、計測器・映像機器としてのhokushinのブランドは消滅したようです。
今手元にあるユニットも、もともとどこかの学校の視聴覚教室か公共施設に、同社の映像機器と共に納入され使われていたものでしょう。社歴からいって、20年以上前の製品である事は確かです。どこかのOEMでしょうが、どう見ても、民生のオーディオ用ユニットではありません。ダイカストのフレームの形状など見るとコーラル音響の古いタイプのウーファとか、同軸ユニットのそれに良く似ています。マグネットのカバーにリベットで付けられた銘板のModel
は空欄、No
には、653と刻印されています。
フレームは厚いダイカスト製で、通常の30cmユニットより大きく、最外径をはかると36cmありました。ツイータのホーンは黒く塗装された鉄製で三カ所でビス止めされフレームに固定されています。おそらくは、ツイータのボイスコイルの断線などの事故の際、すばやくユニットごと交換するためでしょう。黒ずくめでオドロオドロしいこのユニットの外観の一見した印象は、スターウォーズ
のダースベイダー
です。
深いコラゲーションの刻まれたコーン紙は、焼けもなくパンと張った良い状態です。見た目より、薄く軽そうです。エッジは、コーン紙を蛇の目状に折り返してフレームに固定したものをフィクスド・エッジと言うようですが、このユニットの場合、コーン紙をそのままフレームに固定したという感じです。良くあるように、エッジの部分だけ薄く漉いてあるわけでもありませんし、ダンプ剤も塗布されていません。固く、間違ってもヤワな低音など出そうもありません。
磁気回路は大きなアルニコマグネットと巨大なヨークの見るからに強力そうなものです。ツイータ用のハイパスフィルターは、鉄心入りコイルと電解コンデンサーで構成されていましたが、コンデンサーの容量抜けのためツイータが鳴らなかったため、フィルムに交換しました。素子はすべてラグ端子にからげてハンダ付けされており、リード線にはヒシチューブが被せられています。フィルターは一つのラグ板にまとめられ、鉄板を介してヨークにビスで固定されています。これも交換の便かもしれませんが、この辺りの作りも業務用を感じさせます。フィルターの反対側には、ツイータの音量調整用の巻線型の可変抵抗器が付けられています。マグネットのカバーのこの部分には穴が開けられ、マイナスのドライバーで調整が可能になっています。
スペックは一切不明ですが、最低共振周波数は実測値で82Hz、ウーファの直流抵抗値は7.2Ωでした。
事業を継承した横河グループも、2003年3月この分野から完全に撤退したようです。(1月17日)
いつも使う平面バッフルは、裏側に補強材が入れてあります。通常の30cmユニットが無理なく装着できるように入れたつもりでしたが、このユニットの場合、フレームが大きすぎて補強材につかえて嵌めれません。仕方なく、裸で鳴らしています。
通常、ユニットを裸で鳴らすと、中音・低音がぬけて大なり小なりスカスカした音になります。フレームの共振がダンプされずに耳に入るせいか、その割には何かうるさい付帯音のようなものが付きまといます。ところが、このユニットの場合それなりに音楽になっています。頑強なフレームが効いているのでしょう。この手のユニットの場合、薄い合板やボードの壁に埋め込まれる事もあったでしょうから、最悪ユニット単体でも踏ん張ってまともな音が出せるような作りしてあるのかもしれません。低音が抜けているわりには能率も高く、100db/mWほどもありそうです。圧巻はボーカルで、アーメリンクやオッターの声が、裸のユニットから飛び出してきます。歪みだのf特などクソッ食らえとばかりにはじけ飛んでくる感じで圧倒されます。なるほど業務用のユニットというのは、こうしたものかと感心させられました。
このユニットはひとつしかありませんし、家庭用に普段使うにはどうかとも思います。しかし、捨てがたい魅力を感じます。これで古いジャズ・ボーカルでも聴いたら、カザルスやヌブーなどのモノラルソースを再生しても面白いだろうなと考えてしまいます。昔のマニアの人が、ALTECやElectro Voiceの業務用の大型ユニットを初めて聴いたときの衝撃も、何となく想像できます。もともと低音など出ないユニットなので、小さくても専用のバッフルでも作ってみたくなります。う〜む。
2004年1月11日