積水ハウス株式会社 総合住宅研究所 納得工房
すまい塾第76回公開講座(1999年5月)における講演。
同所発行『すまい塾タイムス』 Vol.20から同所のご厚意により、転載させていただきました。なお、著者の責任により一部書き改めさせて頂いております。
今日は、御自分で何か作ってみたいと思っておられる方がお集まりの様ですね。私自身も、別に勤めを持ちながら20代半ばからアマチュアとして木工に取り組んでいましたが、あるキッカケで生業とするようになりました。アマチュアの方が何にお困りかは、それなりに分かっているつもりですので、出来るだけ皆さんの御要望にお応え出来るような話をさせていただきたいと思います。
私は、家具だけでなく、建具、什器など木工と名のつくものは何でもやるようにしていますが、あくまでも日本の伝統的な技法や工具にこだわって作っていきたいと考えてきました。と言っても、作っているのは日常使う当り前のものです。その作り方において、今の量産的な作り方ではなく、日本の指物技術や木工技術で培われてきた大事なものにこだわって作っていきたいのです。私が言いたいのは、何も伝統工芸を守ると言った大仰な事ではありません。昔の普通の職人さんが作った家具を見ると、目に見えない所できちっとした仕事がしてあります。30〜40年くらい前までは、ごく当り前にやられていたことを、私も当り前の仕事として続けていきたいと考えているだけです。
もうひとつ私がこだわりたいのは、日本の材料を使うことです。理由は森林資源の問題です。いくら良い材料であっても、発展途上国や、貧しい状況にあるような地域から資源や環境を収奪するような形で持って来たような材料は使いたくないのです。せめて、自分の国や豊かな国の資源でとどめておきたいと言う気持から、私は国産材や北米材を主に使っています。
経年や湿度によって木は動きます。一枚の板には、生の木で40〜200%という水分を含んでいます。一応乾いて使えるという8〜14%の状態になるまで、横方向に6〜8%収縮します。ところが縦方向にはほとんど収縮しません。木は歪んだり収縮するといっても、それらには方向生があるということを覚えておかねばなりません。なおかつ一旦乾いて、もう大丈夫だろうという状態になっても、気候とか湿度の変化で1〜2%は延び縮みします。幅40cmの板では、少なく見積もっても、湿気ているときと乾燥しているときでは、4mm程度収縮するのです。
そうすると、たとえば机を作るときに、天板に木の繊維に直交する形で「幕板」という桟を取り付けます。それを釘で打ったり木ネジで揉んだりすると、木は動くことが出来ませんので、あるときは天板が割れてしまいます。下から木ネジで揉んでいると、下は動かず上は縮もうとするので、必ず反ってきます。お宅に帰られて、古い座卓や家具などがあれば見て頂くと、それを防ぐために必ず
写真は天板の幅60cmほどの一枚板の座卓です。天板の裏には昭和九年弐月吉日
と墨書されています。つまり、今から60年以上前に作られたものですが、立派に使えます。桟が5mmほど飛び出しています。これは60余年の月日の間に天板が枯れて収縮していったのです。もし、これを釘や木ネジで止めていたら天板が割れるか反って外れるかしてもっと早くに使い物にならなくなっていたでしょう。昔の職人さんは、木が動くものだという事を当然のこととして受け止めていたので、このような仕事をされていたのです。日本の様に梅雨時の湿気、冬季の乾燥といった温度や湿度の変化の多いところで無垢の木を使う場合は、そういう仕事をしていないと5年、10年と持ちません。
塗装に関しても、
今の市販の家具の塗装に使われているラッカー、ウレタン系の塗料は非常に強く、昔のようにすぐにひび割れてきたりはしません。少し引っかいたくらいでは傷もつきにくいし、水にも強く、非常に優秀な塗料です。しかし、木の表面に塗膜を作る、言ってみればラップをかけるようなものです。本当の木肌の美しさや、感触を生かしているとはいいきれませんし、強いと言っても段々擦れて、汚れて年を経るにつれみすぼらしくなります。使い込んだ味わいではなく、買った瞬間が一番きれいなのです。そういう意味から言っても、漆や柿渋といった日本の伝統的な塗装方法をもう一度見直してもいいのではないかと思います。
これは長さが約1m80cmの座卓です。一枚の木を折り曲げたような構造で、天板と脚部の木目がきれいないつながっています。切ったり貼ったりするのが惜しいという良い板がある場合、この方法を使います。
神代タモで作った文机です。脚と幕板は
一般に市販されている家具の構造は、大きく次の三つに分けられます。一つは板作りです。これは、昔の茶タンスなどに見られるもので、戦前から戦後にかけて最も主流だったものです。板を組み合わせて、構造を作ります。
二つめは
三つ目は、現在の市販の家具の主流になっているわく心構造いわゆるフラッシュと呼ばれているものです。今、家具屋やデパートで売られている家具の95%はこれだと考えて間違いありません。長さ4mの規格化された芯材は、一梱包で1万円程度で手にはいります。それを大きなホッチキスのようなエアータッカーでとめていきます。それにベニヤ板を両方から張り付けてプレス。さらに、これをダボを使って組んでいきます。中は空洞です。少し「高級」なものは、張り付けるベニヤ板に
しかし、このようなフラッシュ家具は消費者が本当に望んで出来たものでしょうか。
私は以前、ある法人の応接室用に間口・2m70cm、奥行き・33cm、高さ2m10cmという大きな本箱を全部無垢の木で作りました。まず、材料を揃えるのですが、材木屋さんに行って、反りや歪みの少ない板を選ばなくてはなりません。それをさらにムラ取りと言って、反りや歪みを取って、厚みをそろえます。しばらく寝かせて、刻んで組み、漆を拭くという大変な作業になります。
ところが、それをフラッシュでやろうと思ったら、パンパンと芯を組んで、ナラの突板合板を貼って、ダボで組めば3日で出来ます。私も、一度仕事でフラッシュ家具を作ったことがあるますが、そのときに感じたのは「これは楽だし、安い」ということでした。木の反りや歪みを心配しなくて良いので、ものすごく楽なのです。
ですから、これが主流になってしまうのは分かるのですが、はたして消費者が表面0.2mmしか本物の木を使っていない家具を買う立場から望んでいるのかと言うことです。このように規格化され、量産化されてきたのは、ものを作って売る側の論理の押しつけではなかったのかという視点で見直す必要があるのではないかと思っています。
二つ目は、はたしてフラッシュの家具は、代々自分の家に伝わる水屋や机のように使い込んだ時に値打ちが出て来るのかと言う事です。塗装や表面が剥がれると、中かラワンの芯が出て来ます。私が小学校に入学した時、初めて買ってもらった机は粗末なものでしたが無垢の木で出来ていました。その縁に彫刻刀で彫りものをして遊んだ記憶があります。たとえ凹んでも、傷ついても、それが家族の歴史になるわけです。
ここに厚さ25mm程のケヤキの板があります。これで、机を一つ作ってしまえば終りです。しかし、これを0,2mmの厚さに剥いでフラッシュの天板にすると5枚は取れるでしょう。フラッシュの方が資源の無駄遣いにならないという意見は出て来ます。ただし、こうした問題はもう少し広い目で見る必要があると思います。家具を作っているとたくさんの切れ端が出て来ます。おそらく一枚の板の半分位は捨てている勘定になるのではないかと思います。
私が仕事で出来た廃棄物をどう処理しているかというと、近所の子ども達が来て、自分達で釘を打ったりする遊び道具として持って行ってくれます。もっとも最近は目が肥えて来て良いものしか持って帰らないのですが。それでも余ったものは、私のお得意先のお蕎麦屋さんが薪ストーブの焚き点け用に引き取ってくれます。私が 使う材料は広葉樹で乾燥しているので、良く火がつくといって季節を問わずに引き取って下さるのです。機械で出たオガ屑は、近くの牧場で敷き藁の代わりに使ってくれます。牛糞で汚れると、今度はお茶の農家が堆肥の材料に引き取るそうです。つまり、このように普段仕事をしている分には無駄な廃棄物は出ないのです。
ところがフラッシュの家具を作ったときに芯材を扱ってみて分かったのは、テッポウ虫が入って、穴だらけだったり、粉だらけだったりして、おそらく防腐材、防虫剤を浸潤させてあるのだと思いますが触るとじとっとします。機械で切っていても頭が痛くなるような代物で、こんなものを子どもに持って帰らす訳にはいかないし、燃やした時にはどんなガスが出るかもしれません。プリント合板にいたっては、燃やしたら真っ黒な煙が出ます。結局、産廃業者に頼んで処理してもらいました。
ですから、確かにこういう作り方でやると安い値段で買えるかも知れませんが、ポリ合板を作る、処理するということも含めた環境負荷に対する社会的な費用は、結局回り回って私達の税金から出ていくことになるのです。今のように、産廃の処分のサイクルがうまくいってない状況では、私達はものを安く買えるかも知れないけど、そのツケを自分の子どもや孫に単に回しておいて、その場限りで安い買物をしているに過ぎないのではないかと思います。どうせ貼り物の家具だからといって2〜3年使って、引越しの時に捨てられてしまうなら、一枚の木で作って、長く使い込まれる方が木の値打ちがあるのではないかと思います。
シックハウスや化学物質過敏症の問題があります。まだはっきりと因果関係まで解明されていないので無責任には言いたくないのですが、現在の家具や建材に使われている揮発性の有機化合物(VOC)が、どうも体に良くないと言うことは分かって来ています。私がフラッシュの家具を作った時は、かなり薄くボンドを使ったつもりだったのですが、結局木工用の白いボンドを4kg缶をほとんど使い切ってしまいました。フラッシュ家具は、合板を作る時点でも多量の接着剤を使いますので、かなりの量の化学物質が使われていることになります。
無垢の木の家具を買ったり、使ったりするならそれが木の性質を考えて作られているか、また自分の生活の環境にあった構造になっているかを見極めなくてはなりません。もちろん、外国にも大変素晴らしい木の家具や道具があります。ここの一階にもありますが、デンマークの椅子などはほれぼれするような素晴らしいものがたくさんあります。しかし、日本のように季節による温度や湿度の変化の激しい環境のなかで、それに応じて培われて来た技術や文化と言うものは、やはり大切に守っていくべきだと思います。少し前まで、日本の職人さんが当り前にやってきた仕事も、今の若い人達は見る機会も少ないし、小さい頃からフラッシュ家具の中で育って来ていますから、とにかく無垢の木さえ使っていれば百年持つという言葉だけが先行して、技術やその背景にある考え方が伝わっていないのではないかと思います。
たとえば、ダボです。接着剤が良くなって来たので軽いフラッシュの部材をくっつけるのならダボで充分だと思いますが、最近では、量産品の椅子など無垢の木の家具にも良く使われます。時々椅子の修理を依頼されますが、たいていはこのダボによる接合部分が緩んできたものです。昔は、接着剤と言えばニカワくらいしかありませんでした。私も古い家具を修理したことがありましたが、ニカワですと熱いお湯をかけると外れます。修理するのに都合が良かったという面もあったのかもしれません。逆に接着剤に全面的な信頼をおけなかったから、それに頼らず、きちんと木を組んで、その上で必要なら木釘で締めるという方法で物を作っていたのでしょう。私が木の組み手にこだわるのも単なる懐古趣味ではなく(それも多少ありますが)やはり、それが一番丈夫で強いと信じるからです。同じ木の材料でダボでつないだものと、ホゾ組みのもので実験をしてみます。私がやると八百長だと思われるといけないので、会場の人にやっていただきます。それぞれを玄能で叩いてはめて下さい。では、これを外してみて下さい。ダボは外れました。でもホゾ組みは外れませんね。
今でも、ちゃんとした仕事をしている職人さんやメーカーはあります。こだわりを持って物を見る消費者になることが、そんな物作りを支え、ひいては本当の木の家具の魅力や日本の木工文化を守っていくことになるのではないかと思います。また、御自分で何かを作ってみようと思っていらっしゃる方も、趣味だからこそ時間をかけて日本の木工の伝統的な技法や道具にこだわっていかれると良いと思います。非常に奥が深くて、ずっと追求できる良い趣味になります。電動工具がなくても、ノミとカンナとノコギリがあれば、大抵のことはできます。ただし、条件があって、刃物はきちんと研ぐことと、墨をきっちりつけることです。それさえ出来れば何でも出来ます。そうして御自分の世界を広げて頂ければ、きっと良いものができるでしょう。
長い間、御静聴ありがとうございました。