十年ほど前に組んだ真空管アンプを久しぶりに測定してみました。
もともとこのアンプは、見掛け重視で作ったものです。きっかけは、大阪日本橋のジャンク屋で見つけた米国製の中古の電源トランスでした。このトランスは、カバーつきでその高さが90mmと、タムラのF4シリーズにピッタリです。私は、高額なトランスが買えないせいもあって、タムラのF4とかF6のシリーズを愛用してきました。しかし、それに合ったスタイルの電源トランスがありません。タムラのPC-3000シリーズの電源トランスでは出力トランスに比べていかにも大きく立派すぎます。旧タンゴのコア剥き出しのトランスは、どうも使う気がしませんでした。
この電源トランスとタムラのF4シリーズの出力トランスを使って、QUADの2型パワーアンプもどきを作ってみたのがこのアンプです。ただし、真似たのはかっこうだけで、回路はごくありふれた直結型のPK分割位相反転回路に自己バイアスをかけたUL(ウルトラ・リニア)接続のPP(プッシュプル)アンプです。回路もそっくりQUADを真似たかったのですが、それには、出力トランスに中点つきのカソード・フィードバック用の三次巻線が必要です。電圧増幅段だけでも真似れば良かったのですが、あの回路は正直理解出来なかったのでやめておいたのです。
出力管もオリジナルで使われているKT66など買えませんので、6L6の仲間からずんぐりした形状がかっこいいTUNGSOLの5881を使うことにしました。左の写真は、左から5881 SOVTEC、6L6GC RCA、5881 TUNGSOLです。二本のMT管も、これに合わせて、すんぐりした形状のものというので、6RR8と6RH2を選びました。他に理由はありません。これらの球は、二十年ほど前は、NECとか、東芝、日立といった国産の非常にしっかりした作りの良いものが千円以下で手に入りました。
シャーシは、1.6T のボンデ鋼鈑を使ったものを板金屋に特注しました。発注の際書いた図面が残っているので記念に置いておきます。今見ると、こうした手書きの図面も良いものだと思います。
5881 UL-PP パワーアンプ・シャーシ図面その1(70KB PING)
5881 UL-PP パワーアンプ・シャーシ図面その2(24.5KB PING)
確か、一台当り2万円前後だったと思います。既製のアルミの高級シャーシと同じ程度の出費です。このアンプは、知人を介して人に貸し出していたのですが、どういう扱いを受けたのか、こちらから取りに行った時は、塗装が剥がれ惨めな状態でした。しかし、頑丈に出来た鋼鈑製のシャーシ自体はどうもありませんでした。私は、高価で希少な真空管と重く立派なケースに入ったトランスを使いながら、それらを既製のアルミのシャーシに並べたアンプを、次から次へと作る人の感覚がどうも理解できません。もちろん、そんなことは人それぞれで、そうしたものがおいそれと買えない貧乏人の僻みなのですが、悪く言うと、欅の玉杢を使って、オイルステンで着色し木ネジで組んだ三段ボックスでも見せられたような気がします。
今回、久しぶりに測定し直して、初段廻りの回路定数を変えて組み直しました。もとの回路ですと、直流電位は問題ないのですが、多少出力電圧が不足気味に思えたのと、少しでも歪みを減らしたかったからです。
おもな変更個所は、初段のカソードのバイパスコンデンサーを取ったのと、負荷抵抗を大きくした事です。カソードバイパスをなくすと、電流帰還がかかり、値によりますが、かなり利得が減少します。しかし、CDプレイヤーを直接繋ぎ、18dBほどの負帰還をかけるにしても、まだ利得があまり気味でした。かえって入力感度が高すぎて使いにくいと感じていましたので、省くことにしました。低域の時定数が一つ減り、負帰還をかけた際の安定度の面でも良いでしょう。歪みの点でも有利という事ですが、実際にはどうかよく分かりません。
この種の高gmの五極管では、なるだけ低いRpで、電流を多く流した方が利得・出力電圧・歪みのいずれの面でも有利とされています。元の回路では、100KΩにしていたのですが、Eb・270V、Ep・70〜90V、カソードパスコンなしという条件で、色々試した結果300KΩという高い価にしました。出力電圧・歪みともわずかですが良いためです。何か勘違いしているのかも知れません。このあたり、基本的知識のない悲しさです。
結果的には、有名なALTECの回路と同じようなものになりました。我々一介のアマチュアが、耳学問と借り物の蘊蓄で猿知恵を働かせても意味ないとあらためて思いました。まともな回路図が残っていないので、とりあえず主な回路定数と直流電位だけ記載しておきます。出力管のカソード抵抗は、DCバランスをチェックする目的もあって、分けています。このTUNGSOLの5881は、3ペア・6本が手元にありますがDCバランスに関しては、良くそろっていて感心しました。電源廻りは、トランスが特殊なため記載しても意味がないと思いますが、ダイオードによるブリッジ整流で出力トランスの一次巻線には285Vを供給しています。初段とPK分割段は、デカップリングせず同一点から供給しています。
T1 | タムラ F483 | |
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T2 | LUX C1244 | 260mA 0.8H |
T3 | ジャンク | |
V1 | 6RR8 | NEC |
V2 | 6RH2 | NEC |
V3 | 5881 | TUNGSOL |
Rg1 | 100K | |
Rp1 | 300K | Ep1=77V / Eb=270V |
Rsg1 | 1M + 47K | Esg1=77V / Eb=270V |
Rk1 | 1.5K | Ek1=1.16V |
Rp2 | 12K | Ep2=190V / Eb=270V |
Rk2 | 12K | Ek2=80V |
Rg3 | 470K | |
Rk3 | 510 | 1本当り / Ek3=28.6V |
Rnf | 22K | NFB 16.5dB |
C1 | 0.47MF | V1のsgとkを結合 |
C2 | 0.1MF | V2とV3のカップリング |
C3 | 47MF | V3のカソードバイパス |
測定に使った主な機器は以下の通りです。
NFB抵抗をはずして、特性を簡単に測定したものです。
57倍・35dB (1W 出力時)
周波数 | 10 | 20 | 40 | 50 | 100 | 1K | 10K | 20k | 40K | 80K | 100k | 200K |
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利得 | -5.0 | -2.0 | -0.8 | -0.6 | -0.2 | 0 | -0.2 | -1.0 | -3.3 | -8.4 | -10.8 | -24 |
0.5W | 1W | 4W | 8W | 10W | 12W | 15W | |
100Hz | 0.14 | 0.25 | 0.74 | 1.15 | 2.0 | 4.6 | 14 |
1KHz | 0.13 | 0.25 | 0.78 | 1.2 | 1.8 | 4.6 | 20 |
10KHz | 0.14 | 0.25 | 0.74 | 1.15 | 2.0 | 4.6 | 14 |
UA-1Sの交流電圧計・歪率計のレンジが30Vまでで、入力インピーダンスが1MΩ(30Vレンジでは、10KΩ)であるため、ドライバー段のちゃんとした測定は無理ですが、目安として計ってみました。位相反転段のカソード側を基準に、1KHz・10V出力の際の歪率は、0.24%でした。利得は104倍・40dBとなります。カソードのバイパスコンデンサーがないため電流帰還がかかりますが、それでもかなりの利得があります。
同じくカソード側に10Mの入力インピーダンスのブローブを介して、オシロスコープで観察したところ、波高値で、30V近くまでクリップすることなく素直に伸びていましたので、出力電圧として充分だろうと判断しました。
この回路で、24dBの負帰還をかけると発振しました。もともと、19dBの負帰還をかけていたのですが、安全のため16.5dBに変えました。右の画像は、その状態で0.22MFのコンデンサーを負荷にした時の10KHzの方形波を入力した時の応答です。入力を大小変化させても、発振はしませんでした。これは、ひとえにタムラのトランスのNFB用三次巻線の周波数特性の素晴らしさによるものだと思います。我々アマチュアが適当に作ったアンプが、それなりに安定して音が出るのも、こうした日本の優秀なパーツがあるおかげだと、この国に生まれた事を感謝すべきだと思います。
周波数 | 10 | 20 | 100 | 1K | 10k | 20K | 40K | 80K | 150K | 200K | 300K | 370K | 500K |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
応答 | -0.5 | -0.2 | -0.1 | 0 | 0 | -0.2 | -0.5 | -1.0 | -1.3 | -5.4 | -14 | -11 | -23 |
高域・低域ともいわゆる可聴帯域から減衰が始まっており、お見せするのも恥ずかしいような結果ですが、仕方ありません。周波数特性は、いい加減なデータを表示するより、方形波出力のオシロスコープのモニター画像を表示するのが一番でしょう。
上から順に、100Hz、1KHz、10KHzの方形波出力です。
100Hzの方形波応答でも分かるように、低音域はダラ下がりですが、私の使っている低周波発信器とオシロスコープでは、20Hz以下の周波数は同調せず測定は困難です。それでも、30Hzくらいから減衰しているのが観察できました。
画像では、分かりにくいのですが 10KHzの左肩にリギングがあります。高音域では、225KHzで-6dBとなり、370KHzあたりで小さなピークを生じました。
周波数 | 0.5W | 1W | 4W | 8W | 10W | 12W | 15W |
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100Hz | 0.023 | 0.038 | 0.090 | 0.13 | 0.74 | 2.8 | 4.3 |
1KHz | 0.027 | 0.040 | 0.092 | 0.14 | 0.55 | 2.8 | 4.6 |
10KHz | 0.068 | 0.091 | 0.18 | 0.29 | 0.71 | 3.0 | 4.8 |
歪率に関しては、立派なデータが取れました。100Hzの数字が1KHzのものより良いのが腑に落ちませんが、測定機の癖か、周波数特性が100Hzでわずかに減衰しているせいなのか、良く分かりません。上の画像は、UA-1Sからアウトプットされた1W・1KHzの歪み波形です。
オシロスコープでモニターしていると、11Wを越えるあたりから正弦波の頭が歪み始めます。歪率・1%以内という事で、公称出力・10Wという感じですが、6L6のUL-PP としはいかにも少なすぎる感じはします。クリップしきった出力という事なら16Wという数字になりますが、あの汚い波形を称して出力というのは、詐欺のような気がします。
最終的な仕上がり利得は、18.5dB(8.5倍)で、最大出力を10Wとするとその時の入力は1.0V となります。数字だけ見ると、いかにも低すぎますが、私のように高能率のスピーカーを小音量で聴いている場合は、丁度良い具合いです。
入力をショートしたときの残留雑音は、UA-1Sのメーターで、0.15〜0.2mVの間で針が振れています。時々、針が大きく振れ、オシロでのモニター波形が上下に揺れますが、AC電源の影響でしょうか。負帰還を浅くしたにも関わらず、仕上がり利得を下げたせいか、残留雑音は随分減りました。95dB/Wm のコーラル・FLAT-10に接続して、深夜耳を近づけてもほとんど雑音は聞き取れませんから、それなりに優秀な出来だと思います。
このアンプを組み立てた十年ほど前は、今も続く直熱三極管ブームのただ中で、6L6などのビーム管は、比較的安価に手にいれる事ができました。この茶色のハカマとずんぐりした小振りチューブの形状がカッコイイTUNGSOLの5881も、ペアで4,000円ほどで買えたと記憶しています。今、ネット・オークションで検索すると、1ペア・27,000円という法外とも言える価格で出品されています。もう私には手の出ない世界になってしまいました。このアンプのシャーシ図面は、始めにこのTUNGSOLの5881ありき、で書いてありますので、寂しい思いがします。
もちろんSOVTECの5881などをさしても使えますが、何ともバランスの悪い不格好な姿になり、こんなもので音楽を聴く気にはなれません。私が、真空管などという電子部品の骨董品でアンプを組むのは、その姿を愛でるためです。深夜、灯を落とした部屋で、ヒーターが仄かに灯る中で、静かに音楽を聴くと幸せな気分にひたれるからです。それ以上でも、それ以下でもありません。不細工な真空管アンプを使うくらいなら、まともなメーカーで、ちゃんとした品質管理のされた既製の半導体のアンプを使う方が余程ましです。
幸なことに、やはり私の大好きな茶色のハカマの6V6-GTをさしても、それなりに可愛らしい姿にまとまります。F483では負荷としてミスマッチかもしれませんが、ちゃんと音は出ますから、手持ちの部品と球で、私の寿命くらいは使えると納得しています。